モラハラ相手に距離をとる=冷たい、ではない|自分を守るための選択

現実との距離の取り方

モラハラに気づき、少し距離を取ろうとしたとき、

多くの人がここで立ち止まります。

「距離を取るなんて、冷たいんじゃないか」

「私が我慢すれば丸く収まるのでは」

「見捨てるみたいで罪悪感がある」

そう感じるのは、とても自然なことです。

でも最初に、はっきり伝えたいことがあります。

距離を取ることは、冷たさではありません。

距離を取ることは「攻撃」ではない

距離を取ると聞くと、

無視する、拒絶する、突き放す、

そんなイメージを持つ人も多いかもしれません。

でも、ここで言う距離とは、

相手を傷つけるための行動ではありません。

・感情的なやり取りから一歩下がる

・反応しない時間をつくる

・必要以上に説明しない

・物理的、心理的に近づきすぎない

これは自分を守るための調整です。

攻撃ではなく、防御。

それだけのことです。

話し合いが成立しない関係がある

距離を取ることに罪悪感を感じる背景には、

「話し合えば分かり合えるはず」という前提があります。

でも、モラハラの関係では、

どれだけ言葉を尽くしても話し合いが成立しないことがあります。

・論点をすり替えられる

・こちらの感情だけが責められる

・最終的に「お前が悪い」で終わる

これは努力不足ではありません。

関係の構造の問題です。

成立しない話し合いを続けることは、

関係を良くするどころか、

あなたの感覚を削っていきます。

近づきすぎると、現実が見えなくなる

距離が近いままだと、

相手の言葉や態度に振り回されやすくなります。

優しい日があると期待してしまう。

反省したように見えると、信じたくなる。

怒りが出ると、自分が悪い気がしてくる。

少し距離を取ることで、

初めて見えてくるものがあります。

・同じことが繰り返されていないか

・自分が常に緊張していないか

・安心できる時間が増えているか

距離は、現実を冷静に見るためのスペースです。

すぐ離れなくてもいい

距離を取る=すぐ離婚、すぐ別居、

そう思わなくていい。

同じ家にいながら、

心の距離を調整することもできます。

・すべてに反応しない

・説明しすぎない

・感情の共有を無理にしない

距離の取り方は、一つではありません。

今の自分が少し楽になる距離

それで十分です。

距離を取ることは「冷たさ」ではなく「誠実さ」

無理をして優しくすること。

限界を超えて我慢すること。

それは、誠実さとは違います。

距離を取るという選択は、

自分の状態を正直に見ているということ。

それは、

自分にも、相手にも、

嘘をつかない態度です。

自分を守る距離は、人それぞれ

どれくらい距離を取るか。

どのタイミングで取るか。

正解はありません。

大切なのは、

あなたの安心感が増えているかどうか。

・呼吸が浅くなっていないか

・言葉を選びすぎていないか

・自分の感覚を疑っていないか

距離は、あなたの感覚を守るためにあります。

あなたは、冷たい人ではない

距離を取ろうと思ったあなたは、

もう十分がんばってきた人です。

冷たいからではなく、

壊れないために選んだだけ。

ここは、

モラハラに「気づいてしまった人」が、

自分を守る選択を、静かに考えるための場所です。

距離を取っても、

あなたは悪くない。

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