「子どもの前では、なるべく普通にしている」
「直接怒鳴ったりはしていない」
「子どもに分かるようなことはしていない」
そう思いながら、日々を過ごしている親は多いと思います。
実際、子どもを守ろうとして、たくさん我慢している人ほど、そう考えます。
でも、ここで一つだけ、大切な視点があります。
子どもは、言葉よりも“空気”を見ています。
子どもは、会話の内容より「空気」を覚えている
子どもが覚えているのは、
何を言ったか、誰が正しかったか、ということではありません。
・部屋の中が張りつめていたこと
・誰かが機嫌をうかがっていたこと
・急に静かになった瞬間
・安心できない感じが続いていたこと
そうした空気の記憶です。
怒鳴り声がなくても、
険悪な言葉が交わされなくても、
空気が重たければ、子どもはそれを感じ取ります。
それは、子どもが敏感だからではありません。
生きるために必要な感覚を、自然に使っているだけです。
親が我慢している姿は、子どもにどう映るか
親が我慢している姿は、
子どもにとって「優しさ」に見えるとは限りません。
・言いたいことを飲み込んでいる
・無理に笑っている
・自分の気持ちを後回しにしている
その姿を見て、子どもはこう感じることがあります。
「何か言ったらいけないのかな」
「私がいるから大変なのかな」
「静かにしていたほうがいいのかな」
親の我慢は、
子どもにとって理由の分からない緊張として残ることがあります。
子どもが先に気を使うようになるとき
家庭の中で、
子どもが先に空気を読んで動くようになることがあります。
・親の顔色を見て話す
・機嫌が悪そうな日は近づかない
・場を和ませようとする
・自分の気持ちを後回しにする
それは「しっかりした子」だからではありません。
安心できない環境に適応しているだけです。
この状態が続くと、
子どもは「自分の気持ちより、周りを優先する」ことを学びます。
「仲が悪くない」家庭でも起きること
モラハラという言葉から、
激しい言い争いや暴力を想像する人もいます。
でも実際には、
「表面上は普通」の家庭でも起きています。
・大きな喧嘩はない
・外では問題がない
・家族としては成立している
それでも、
誰かが常に我慢し、
誰かが空気を支配しているなら、
その影響は子どもに伝わります。
問題は、出来事の大きさではありません。
日常の積み重ねです。
子どものために我慢する、が逆になる瞬間
「子どものために我慢する」
この言葉は、とても優しく聞こえます。
でも、ある地点を超えると、
それは逆の結果を生むことがあります。
親が限界まで我慢し、
自分をすり減らしている姿を見続けることは、
子どもにとって安心にはなりません。
むしろ、
「大人は無理をするもの」
「関係は我慢で成り立つもの」
そう学んでしまうことがあります。
できることは、完璧な環境を作ることじゃない
子どものために、
完璧な家庭を作る必要はありません。
怒らない親になる必要も、
いつも正しい選択をする必要もありません。
大切なのは、
親が自分の感覚を大切にしている姿です。
・嫌なものを嫌だと認める
・無理なときは立ち止まる
・自分を守る選択をする
それは、言葉で教えるよりも、
ずっと分かりやすく伝わります。
子どもは、親が自分を大切にする姿を見て育つ
子どもにとって一番の安心は、
「親が壊れないこと」です。
親が自分を大切に扱っている姿は、
子どもにとってこう伝わります。
「自分も大切にしていい」
「我慢しなくてもいい」
「安心していい」
それは、
家庭の形よりも、
関係の名前よりも、
ずっと深く残るものです。
この場所について
このブログは、
親を責めるための場所ではありません。
「もっと早く気づけばよかった」
「私のせいかもしれない」
そう感じている人を、追い詰める場所でもありません。
ただ、
今の自分と、子どもを守るために、
一度立ち止まって考えるための場所です。
完璧じゃなくていい。
迷っていてもいい。
親が自分を大切にすることは、
子どもにとっても、確かな安心になります。
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