モラハラが繰り返される理由──それは性格ではなく「構造」の問題

「もう次はないと言っていたのに」
「今回は本当に反省していると思ったのに」
「優しい時間が続いていたのに」
それでも、また同じことが起きる。
モラハラの関係にいると、
この繰り返しに深く傷つきます。
そして多くの人が、こう考えます。
「私の対応が悪かったのかもしれない」
「もう少し上手くやれば防げたのでは」
「次こそは大丈夫かもしれない」
でも、最初に伝えたいことがあります。
モラハラが繰り返されるのは、
あなたのせいではありません。
それは、個人の性格というより、
関係の中にできあがった構造によって起きています。

モラハラは「突然起きている」わけではない

多くの場合、モラハラは突発的に見えます。
ある日突然、強く責められる。
激しく否定される。
人格を傷つけるような言葉を向けられる。
けれど実際には、
その前から小さな前兆が積み重なっています。
・不機嫌で空気を支配する
・遠回しに責任を押しつける
・言葉で優位に立とうとする
・こちらの感覚を否定する
それが少しずつ重なり、
やがて表面化する。
つまり、
突然ではなく、連続の中で起きているのです。

なぜ「もう起きない」が守られないのか

強い衝突のあと、
相手が謝ることがあります。
「もうしない」
「言いすぎた」
「変わるから」
その言葉を信じたくなるのは、
とても自然なことです。
ですが、ここに大切な視点があります。
反省と変化は、別のものです。
その場で後悔することはできても、
関係の持ち方そのものを変えるのは簡単ではありません。
構造が変わらない限り、
同じ状況になれば、
同じ反応が起きやすくなります。

モラハラが繰り返される関係の特徴

繰り返しが起きる関係には、
いくつかの共通点があります。
● 上下関係が固定されている
相手が評価する側、
こちらが説明する側。
この構図がある限り、
対等な関係にはなりません。
● 不機嫌が「力」になっている
強く怒らなくても、
不機嫌で相手を動かせると分かると、
それは無意識の手段になります。
● 最後はこちらが折れる
時間が経つと、
関係を保つためにこちらが譲る。
この流れが続くと、
関係の形は固定されていきます。

優しい時間があるのに、なぜ続くのか

ここが最も迷いやすいところです。
モラハラの関係には、
穏やかな時間が存在します。
普通に会話ができる。
笑うこともある。
大切にされていると感じる瞬間もある。
だからこそ思う。
「本当は悪い人ではない」
「今回はたまたまだったのかもしれない」
しかし、この
緊張 → 衝突 → 回復 → 安定
という流れ自体が、
繰り返しのサイクルになっていることがあります。
安心した頃に、また崩れる。
その落差が、
関係から離れにくくさせるのです。
繰り返しの中で起きる「感覚の変化」
同じことが何度も起きると、
少しずつ感覚が変わっていきます。
・「これくらいは普通かもしれない」
・「私が気にしすぎなのかも」
・「前よりマシだから大丈夫」
こうして基準が下がっていく。
これは弱さではありません。
環境に適応しようとする、心の働きです。

繰り返しを止める鍵はどこにあるのか

ここで重要なのは、
「相手を変える方法」を探し続けないことです。
本当に注目すべきなのは、
構造のほう。
・対等でいられるか
・境界線が尊重されるか
・責任が一方に偏っていないか
この土台が変わらなければ、
表面だけ穏やかになっても、
関係は元に戻りやすい。

あなたが悪いから繰り返されているわけではない

何度も繰り返されると、
自分を責めたくなるものです。
「私がもっと上手に対応できれば」
「怒らせなければよかった」
でも、覚えておいてください。
関係は一人では作れません。
繰り返しが起きているのは、
あなたの努力が足りないからではない。
関係の持ち方そのものに、
偏りがあるからです。

最後に

モラハラが繰り返されるのは、
偶然でも、気のせいでもありません。
構造が続いている限り、
同じことは起きやすくなります。
大切なのは、
その事実に気づいた自分を疑わないこと。
あなたの感覚は、
間違っていません。
繰り返しに気づいたとき、
すでに視点は変わり始めています。
そこから先は、
自分を守る選択を考えていけばいいのです。

モラハラが繰り返される構造を理解しても、
気持ちがすぐに整理できるとは限りません。

特に迷いやすいのが、
「優しい時間もある」という現実です。

なぜ離れにくくなるのか。
その背景については、次の記事で詳しく整理しています。

優しいときがあるのに離れられない理由 | モラ晴らし屋

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