「本当に嫌なこともある。
でも、優しいときもある。」
モラハラの関係にいる人の多くが、
この矛盾の中で揺れています。
強く傷つく出来事があったあとでも、
ふと見せる優しさに触れると、こう思ってしまう。
「本当は悪い人じゃないのかもしれない」
「私が我慢すれば、うまくいくのでは」
「今回はたまたまだったのかもしれない」
そして、離れる決断が遠のいていく。
でも最初に伝えたいことがあります。
離れられないのは、あなたが弱いからではありません。
そこには、はっきりとした理由があります
人は「怖さ」より「希望」に縛られる
ずっと苦しいだけの関係なら、
人はもっと早く距離を取れます。
それでも離れにくくなるのは、
関係の中に希望が存在するからです。
・優しくされる日がある
・理解を示してくれる瞬間がある
・以前より良くなったと感じることがある
そのたびに、心は思う。
「もう少し頑張れば変わるかもしれない」
この希望こそが、
関係をつなぎ止める一番強い力になります。
優しさが「特別」に感じられてしまう理由
本来、優しさは特別なものではありません。
安心できる関係の中では、自然に存在するものです。
でも、緊張が続く関係では違います。
普段が不安定だからこそ、
少しの優しさが強く印象に残る。
それはまるで、
暗い場所で小さな光を見るような感覚です。
本当は小さな光でも、
周囲が暗いほど、まぶしく見える。
この感覚は、とても人間的な反応です。
「悪い人ではない」と思いたくなる心理
多くの人が、心のどこかでこう考えます。
「この人は本当は優しい」
「たまたま余裕がなかっただけ」
「環境が変われば良くなるかもしれない」
そう思うことで、
関係を続ける理由を見つけようとする。
これは間違いではありません。
人は、大切にしてきた関係を
簡単に否定できないからです。
ただ、ここで一度立ち止まってほしい。
優しい瞬間があることと、
安心できる関係であることは別です。
苦しさと優しさが交互に来ると、離れにくくなる
モラハラの関係では、
次のような流れが起きやすくなります。
緊張
↓
衝突
↓
謝罪や優しさ
↓
安心
↓
再び不安定になる
この繰り返しは、
心を強く引きつけます。
なぜなら、
不安のあとに安心が来ると、
その安心はより強く感じられるからです。
結果として、
関係から離れる判断が難しくなる。
これは意思の弱さではなく、
心の自然な働きです。
「前よりマシ」が判断を鈍らせる
もう一つ、よくある感覚があります。
「前よりは怒らなくなった」
「昔よりはひどくない」
「これくらいなら大丈夫かもしれない」
こうして、
少しずつ基準が下がっていく。
気づかないうちに、
「安心できるかどうか」ではなく、
「耐えられるかどうか」で関係を見るようになります。
でも本来、関係の基準はそこではありません。
あなたが安心できるかどうか。
それが何より大切です。
離れられないのは「情」があるから
ここまで読んで、
自分を責める必要はありません。
離れにくいのは、
それだけ相手と向き合ってきた証です。
時間を重ね、
感情を注ぎ、
関係を大切にしてきた。
だから簡単には手放せない。
それは弱さではなく、
むしろ人として自然なことです。
判断するときに見てほしいもの
迷ったときは、
「優しいかどうか」だけで判断しないでください。
見てほしいのは、こちらです。
・安心できる状態が続いているか
・対等に扱われているか
・境界線が尊重されているか
・あなたが過剰に我慢していないか
優しさは瞬間でも生まれます。
でも、安心は構造からしか生まれません。
最後に
優しいときがあるのに離れられない。
その矛盾の中で揺れるのは、
とても自然なことです。
あなたが迷うのは、
ちゃんと関係と向き合っているから。
ただ、忘れないでほしい。
あなたが目指していいのは、
「ときどき優しい関係」ではなく、
安心できる関係です。
焦って答えを出さなくていい。
でも、自分の感覚だけは置き去りにしないでください。
それが、自分を守ることにつながります。
優しさがあることで迷いが生まれるように、
モラハラはそもそも気づきにくい特徴があります。
なぜ分かりにくいのか。
その構造については、次の記事で整理しています。



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