夫と一緒に暮らし始めて、まだ間もない頃のことです。
夫は、自分の給料を全部私に預けました。
そして言いました。
「俺、持っとったら使ってまうねん」
「自分ではお金の管理できへんから、毎日500円ずつ渡して」
当時、私は夫のお弁当も作っていました。
だから500円は、仕事中に飲む水やジュースなどを買うためのお金。
お弁当がない日は、昼食代としてもう少し多めに渡していました。
最初に聞いたとき、私は正直、
「なんで?」
と思いました。
多めに持っておいて、そこから必要な分だけ使えばいい。
使わなかった日は残しておけばいい。
私はそれが普通にできると思っていました。
だから夫にも、
「自分で管理したら?」
と言いました。
でも夫は、
「それができへん」
と言いました。
そのときの私は、その言葉の意味をまだよく分かっていませんでした。
「自分で管理できないから、毎日500円渡して」
最初は、半分冗談なのかなと思っていました。
もしかしたら、給料を全部妻に預けているという形にしたいだけなのかな、と考えたこともありました。
30代の大人です。
必要なお金を財布に入れて、使いすぎないように自分で調整する。
私は、それくらいは普通にできるものだと思っていました。
でも、どうやら本当に難しかったようです。
夫には、手元にお金があると使ってしまうところがありました。
財布には、ほとんどお金を残していません。
「何かあったときのために、少しくらい置いておいたら?」
私はそう思っていました。
でも、困ったときのために残しておくはずのお金まで使ってしまう。
だから夫自身が考えた対策が、
「全部妻に預けて、必要な分だけ毎日もらう」
だったのだと思います。
本人が苦手なことを、夫婦で補い合う。
それだけなら、私は特に問題だとは思いません。
私も苦手なことはあります。
夫に助けてもらうことだってあります。
だから私は、「まあ、それでうまくいくなら」と引き受けました。
千円渡したら、千円使ってしまった
でも、本当に「渡した分だけ使う」ということが起きました。
ある日、500円玉がなくて、千円を渡したことがありました。
私としては、
「今日は500円使って、残りの500円は次の日に使えばいい」
くらいに考えていました。
でも、千円を渡すと、その千円を使ってしまいました。
私はそこで初めて、
「ほんまに自分で分けて管理するのが難しいんや」
と実感しました。
それからは、千円しかない日に渡すときも、
「これは今日と明日の分やで」
「今日は500円だけ使ってな」
「残りの500円は明日の分やから置いといてな」
と、そこまで説明するようになりました。
500円を渡すだけだったはずのことに、少しずつ別の仕事が増えていきました。
一万円を渡した日、全部パチンコでなくなった
毎日必ず500円玉が手元にあるわけではありません。
私だって、いつでも銀行へ行けるわけではありません。
ある日、細かいお金がなくて、一万円を夫に渡したことがありました。
もちろん私としては、
「必要な分だけ使って、残りは持って帰ってくる」
と思っていました。
ところが、その日は夫の帰りが遅くなりました。
「なんで遅いんやろ?」
と思っていたら、夫はパチンコへ行っていました。
そして、その一万円を全部使って負けて帰ってきました。
最初は夫も「ごめん」と言っていました。
でも私には、どうしても理解できませんでした。
生活に使うお金です。
「パチンコに行きたいなら、行くって言えばいいやん」
「渡したお金を勝手に全部使われたら困る」
私はそう言いました。
すると、話は思ってもいなかった方向へ進みました。
「お前が500円を渡さへんかったからや」
夫は言いました。
「俺は500円渡してって言っとったやん」
「一万円なんか渡してくるから行ってもうたんや」
「お前が悪いやん」
私は、
「は?」
となりました。
確かに、夫は最初から「500円ずつ渡して」と言っていました。
でも私の中では、
「一万円を渡したこと」と、「その一万円をパチンコで使ったこと」は別の話でした。
一万円を渡されたとしても、全部使うかどうかを決めたのは私ではありません。
でも、夫が自分で管理できなかった結果まで、私の「渡し方」の問題になっていきました。
責任のかかる話から論点が別のところへ移っていく構造については、モラハラ用語|ディフレクションとは?|責任のかかる話から逃げる心理でも解説しています。
今回の出来事をそのまま一つの専門用語に当てはめたいわけではありません。
ただ私はこの頃から、「本人がしたことなのに、なぜか私がもっとちゃんと管理しなければならない話になる」ことに、強い違和感を覚えるようになりました。
だから私は、もっと細かく管理するようになった
普通なら、
「一万円渡したら全部使ってしまった。じゃあ次から本人が気をつけよう」
となるのかもしれません。
でも、わが家ではそうなりませんでした。
私が、もっと気をつけるようになりました。
500円玉を切らさない。
千円札しかない日は、今日と明日の分だと説明する。
多めのお金を持たせない。
渡したお金を全部使ってしまわないようにする。
つまり、
夫が自分のお金を使いすぎないようにすることまで、私が管理するようになっていったのです。
本人が苦手だから手伝う。
そこから始まったはずでした。
でも、本人がうまくできなかったときの再発防止まで、いつの間にか私の役割になっていました。
500円あればいいわけでもなかった
さらに、毎朝500円分さえ用意すればいい、というわけでもありませんでした。
毎日500円玉があるとは限りません。
そんな日は、100円玉や50円玉、10円玉などを合わせて、500円にすることもありました。
金額は同じ500円です。
でも細かい小銭が混じっていると、
「チッ」
と舌打ちされたり、
「えぇ……」
というような反応をされたりすることがありました。
そうなると私は、
「500円を用意する」
だけではなく、
「500円玉を用意する」
ようになりました。
でも500円玉は、勝手に家に出てくるわけじゃない
夫から見えていたのは、おそらく朝に私から500円玉を受け取るところだけだったと思います。
でも500円玉は、毎朝勝手に家の中に出てくるわけではありません。
あと何枚あるかを気にする。
少なくなれば、また用意する方法を考える。
そのために時間を使う。
そして翌朝、また一枚渡す。
夫は銀行へ行くことがほとんどなく、銀行で何か手続きをしたり、ATMを使ったりすることにも慣れていませんでした。
だから、私が500円玉を切らさないためにどれくらい気にして、どれくらい時間を使って動いているのかは、見えていなかったのだと思います。
それでも、500円玉ではなく細かい小銭で渡した日は、舌打ちされる。
その頃の私は、
「500円を渡す」だけではなく、「夫が不満なく受け取れる500円を用意する」ところまで自分の仕事にしていました。
頼まれて手伝ったことが、いつの間にか「私の仕事」になった
最初は夫から頼まれたことでした。
「自分で持っとったら使ってまう」
「管理できへんから、毎日500円ずつ渡して」
だから私は手伝いました。
でも、毎日続けているうちに、その仕事にはいろいろな作業がくっついていきました。
お金を預かる。
毎日必要な分を出す。
500円玉の残りを気にする。
なくなりそうなら用意する。
千円しかなければ、使い方まで説明する。
多く渡して使ってしまったら、次からそうならない方法を考える。
そして、本人が使ってしまったときには、
「500円を渡さなかったから」
と言われる。
本人の自己管理を手伝っていたはずなのに、いつの間にか「本人が自己管理できる状態を維持すること」まで、私の仕事になっていました。
「やってあげる」が「やって当然」に変わるとき
夫婦なら、相手の苦手なことを補うことはあります。
私は、それ自体が悪いとは思っていません。
でも、最初は「お願い」として始まったことでも、毎日続けば、いつの間にか「やって当然」になることがあります。
そして、できている間は何も言われない。
少し違えば、不満が出る。
そうなると、やっている側にとっては、だんだん「手伝っている」という感覚ではなくなっていきます。
境界線は、相手を突き放すためのものではなく、「どこまでを自分が引き受けるのか」を考えるための線でもあります。
その考え方については、境界線を引こう。|合わない人から、あなたを守る「心の線」で詳しく解説しています。
妻が何も言わなくなる前に、妻が引き受けているものが増えていた
この話も、最後だけを見れば小さなことです。
「夫に毎朝500円を渡していただけ」
そう見えるかもしれません。
でも私の中では、その500円玉一枚に、いろいろなことがくっついていました。
忘れない。
切らさない。
用意する。
使いすぎないようにする。
本人が困らないように先回りする。
そして、うまくいかなかったときには、自分のやり方が悪かったのかと考える。
そういうことが、一つずつ私の役割になっていきました。
家事や夫婦の負担は、目に見える作業だけではありません。
「忘れないようにする」「なくならないようにする」「問題が起きないように先回りする」ことも、誰かの時間と頭を使っています。
私は、そういう見えにくい仕事を少しずつ引き受けていました。
そして、「説明すること」も減っていった
最初の頃は、私も言っていました。
「自分で管理したら?」
「千円あるんやったら、500円だけ使ったらええやん」
「一万円渡されたからって、全部使う必要ないやん」
「パチンコ行くなら、行くって言ったらええやん」
でも、同じようなことが繰り返されると、説明する内容がどんどん細かくなっていきます。
「これは今日と明日の分」
「今日は500円だけ」
「残りは明日使って」
本来なら本人が考えるはずだったところまで、私が言葉にして渡すようになりました。
そして私は、だんだん思うようになりました。
「もう、言わんでも分かってほしい」
でも、分かってもらえない。
だからまた私が先回りする。
「妻が話さなくなった理由」は、大きな喧嘩だけではありません。
何度も説明し、何度も先回りし、そのうち説明すること自体に疲れていく。
私の場合、そんな積み重ねもありました。
何度伝えても同じことが繰り返されるときに考えてほしいことは、何度言っても無駄な人|「伝わっていない」のではなく、伝わっているのに変わらない理由でも書いています。
前回は「正解を探すこと」をやめた話でした
前回の体験談では、夫の朝ご飯やおにぎりについて、相手の好みに合わせようとするほど「何なら正解なのか」が分からなくなり、最後には私が関わること自体をやめていった経緯を書きました。
妻が話さなくなった理由|体験談④「じゃあ、何なら正解なん?」
今回の500円玉も、私の中では少し似ています。
最初は、相手が困っているから手伝った。
でも手伝うほど、私が管理する範囲が広がっていった。
そして、その状態がいつの間にか「普通」になっていった。
妻が何かをやめたとき。
妻が「もう知らない」と言ったとき。
妻が何も言わなくなったとき。
その瞬間だけを見るのではなく、
その前に、何をどれだけ引き受け続けていたのか。
私はそこも見てほしいと思っています。
このシリーズの入口はこちらです。
料理への小さな採点やダメ出しから、一緒に飲む時間までなくなっていった体験はこちらです。



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