妻が話さなくなった理由|体験談⑥「前もしたやん」と言うのをやめた

妻が話さなくなった理由|体験談

何度も一緒にやったことなのに、なぜか毎回「初めて」と言われる。

たったそれだけのことです。

怒鳴られたわけでもありません。

「お前の料理なんか覚えていない」と言われたわけでもありません。

だからこそ私は長い間、自分がなぜこんなに嫌な気持ちになるのか、うまく説明できませんでした。

でも今振り返ると、私は「たこ焼きをしたことを覚えていてほしかった」だけではなかったんだと思います。

私が家族のためにやってきたことが、この人の中にちゃんと残っているのか。

それを確かめたかったのかもしれません。

「家でたこ焼きするん、初めてやな」

夫と家でたこ焼きをした時のことです。

夫が言いました。

「家でたこ焼きするん、初めてやな」

でも、初めてではありませんでした。

前にも家でたこ焼きをしたことがありました。

だから私は普通に、

「前もしたやん」

と返しました。

ところが、それに対して特に返事はありませんでした。

「そうやったっけ?」でもない。

「忘れとったわ」でもない。

聞こえていないような感じで、そのまま会話が終わりました。

その時は、私もそれ以上気にしませんでした。

でも、次もまた「初めて」だった

ところが、また家でたこ焼きをした時。

夫はまた、同じようなことを言いました。

「家でたこ焼きするん初めてやな」

私はまた、

「いや、前もしたやん」

と言いました。

それでも、はっきりした返事はありません。

そして、また次。

最初の3回、4回くらいは、同じようなことが続いた記憶があります。

私には意味が分かりませんでした。

本当に忘れているのか。

本人の中では「初めて」という言葉が何かの褒め言葉なのか。

それとも、家でたこ焼きをすることに対する嫌味なのか。

今でも分かりません。

ただ、何度も繰り返されるうちに、私は素直に聞き流せなくなっていきました。

本当に忘れているなら、それはそれで悲しかった

もちろん、人は忘れます。

一緒にしたことを全部覚えている必要なんてありません。

私だって忘れていることはたくさんあります。

でも、何度も同じことを「初めて」と言われると、私はだんだん別のことを考えるようになりました。

「私が一生懸命やってきたことって、この人の中にはそんなに残ってないんや」

家でたこ焼きをするとなれば、私にとってはただ座って食べるだけではありません。

材料を考えて、用意して、準備して、焼いて、家族で食べる。

そういう時間があります。

それを何度やっても「初めて」と言われる。

すると、料理そのものだけではなく、自分がしてきたことまで存在しなかったような感覚になっていきました。

「そんな簡単に忘れてしまう程度のことなん?」

もっと言えば、

「私の存在って、その程度なんかな」

とまで感じることがありました。

大げさに見えるかもしれません。

でも、作っている側の私には、それくらい寂しい言葉になっていきました。

雑炊でも、同じようなことがあった

似たことは、たこ焼きだけではありませんでした。

鍋をした後の雑炊でも、夫から「初めて食べた」というようなことを言われたことがあります。

もちろん、それも以前に作ったことがあります。

夫は雑炊を「うまい、うまい」と言って食べることもありました。

だから余計に、私にはよく分かりませんでした。

褒めているのか。

本当に覚えていないのか。

何か別の意味があるのか。

その答えは、結局分かりませんでした。

料理には、また細かい言葉がついてくる

そして、たこ焼きを食べれば、今度は焼き方についていろいろな言葉が出てきます。

「俺やったらもうちょっとこうやって焼く」

焼いている途中で生地を足して、もっと大きなたこ焼きにしたい。

友達の友達から聞いた焼き方がある。

焼き加減がどう。

粉がどう。

私も市販のたこ焼き粉を使ったり、薄力粉から作ってみたり、いろいろ試しました。

当然、毎回まったく同じ仕上がりになるわけではありません。

少し粉っぽくなる日だってあります。

そんな小さなところにも、何かしら言葉がつくことがありました。

雑炊も「うまい」と言いながら、醤油や塩を足す。

もちろん、味の好みは人それぞれです。

自分の好きな味に調整すること自体が悪いわけではありません。

ただ私には、こうした小さな言葉も、「初めて」という違和感と一緒に積み重なっていきました。

「なんで覚えてないん?」と聞いたら、今度は「その言い方」

何度目かになると、私もさすがに言いました。

「前もしたって言ったやん。なんで覚えてないん?」

すると今度は、

「その言い方な」

というように、私の言い方の話になりました。

でも私が知りたかったのは、そこではありません。

何度も一緒にしていることを、どうして何度も「初めて」と言うのか。

ただ、それが知りたかっただけでした。

けれど、その「なんで?」に対する答えは返ってきませんでした。

こうして、本来の話ではなく「言い方」のほうが問題になってしまう会話は、心理的なコミュニケーションの話ではトーンポリシングと重なる部分があります。

もちろん、この一場面だけで夫の行動を決めつけることはできません。

ただ、「何を言ったか」ではなく「どういう言い方をしたか」に話が移ることで、本来聞きたかったことが置き去りになる。その感覚は、私にもありました。

詳しくは、モラハラ用語|トーンポリシングとは?|「その言い方」が論点になる理由でも解説しています。

「そんなん、どっちでもええやん」

さらに何度か言っていくうちに、返ってきたのはこんな言葉でした。

「そんなんどっちでもええやん」

「めんどくさ」

「それになんか意味あるん?」

でも、私からすると不思議でした。

「どっちでもええなら、なんで毎回“初めて”って言うん?」

私は「初めてだったかどうか」を証明して勝ちたかったわけではありません。

毎回同じことを言われるから、その理由を聞いていただけです。

「それになんか意味あるん?」と言われても、むしろ私は、

「その意味を、こっちが聞いてるんやけど」

という気持ちでした。

でも、その会話も結局は終わってしまいます。

何も言われていないからこそ、説明しにくかった

この話の難しいところは、夫から直接、

「お前の料理なんかどうでもいい」

「お前がしてきたことなんか覚えていない」

と言われたわけではないことです。

だから、私自身も「何がそんなに嫌なんだろう」と思いました。

文句を言おうにも、はっきり責められたわけではない。

それでも私は、繰り返される「初めて」という言葉に、だんだん自分の頑張りを否定されているような感覚を持つようになりました。

遠回しに攻撃されているように感じることさえありました。

それが本当に夫の意図だったのかは分かりません。

でも、受け取る私の側では、少しずつ自己肯定感が削られていきました。

私にとっては「どっちでもいいこと」ではなかった

「そんなこと気にしなくていい」

「たこ焼きをした回数なんて、どっちでもいい」

そう言われれば、確かにそうなのかもしれません。

でも、私が傷ついていたのは回数ではありません。

私がしてきたことを、相手がどう受け取っているのか。

そこでした。

こちらが感じた違和感や傷つきを「そんなこと」「どっちでもいい」と小さく扱われる会話は、ミニマイゼーションという考え方と重なることがあります。

これも、この出来事だけで相手を決めつけるための言葉ではありません。

「自分が気にしすぎなのかな」と感じた時に、会話の構造を整理する一つの考え方です。

詳しくは、モラハラ用語|ミニマイゼーションとは?|「大したことない」で終わらせてくる心理でまとめています。

そして私は、「前もしたやん」と言わなくなった

最初から、私は黙っていたわけではありません。

最初は普通に言いました。

「前もしたやん」

また言われたら、また訂正しました。

それでも同じことが続くから、

「前も言ったやん。なんで覚えてないん?」

と理由を聞きました。

すると今度は「その言い方」の話になる。

さらに聞けば、

「そんなんどっちでもええやん」

「めんどくさ」

「それになんか意味あるん?」

そうやって会話が終わる。

何度か繰り返すうちに、私は思うようになりました。

「もう、言うんアホらしいな」

そして次に「初めて」と言われても、訂正しなくなりました。

夫が「初めて」と言う理由が分かったからではありません。

納得したからでもありません。

聞いても答えが分からないまま終わる会話に、疲れただけでした。

妻は、最初から何も言わなかったわけじゃない

妻が話さなくなった場面だけを見れば、

「何も言わない」

「反応がない」

「最近、会話がない」

そう見えるのかもしれません。

でも、その前には何度も言葉があったことがあります。

伝えた。

訂正した。

理由を聞いた。

それでも答えが返ってこなかった。

そして、言い方を問題にされたり、「どっちでもいい」と終わらされたりする。

そんな小さな会話が積み重なって、ひとつずつ言葉が減っていくことがあります。

私の場合、この出来事でやめた言葉は、

「前もしたやん」

でした。

ほんの一言です。

でも、こういう一言をひとつ、またひとつと飲み込むようになった先に、今の私があります。

「妻が話さなくなった理由」は、一つではありません

このシリーズでは、私が実際に経験した出来事を一つずつ振り返っています。

ある日突然、妻が黙ったわけではありません。

「一緒に行きたい」と言わなくなった。

「やめてほしい」と言わなくなった。

一緒に楽しもうとすることをやめた。

「どうしたらいい?」と正解を探すことをやめた。

相手のために先回りして説明することにも疲れていった。

そして今回は、

「前もしたやん」と訂正することをやめた。

一つひとつは、本当に小さなことです。

でも私にとって、「話さなくなる」という変化は、そんな小さな諦めの積み重ねでした。

シリーズ全体は、妻が話さなくなった理由|だんだん無口になり離れていくまでから読めます。

前回の体験談は、妻が話さなくなった理由|体験談⑤「500円玉を用意するのが、私の仕事になった」です。

もしあなたも、「そんな小さなこと」と言われるような出来事に、なぜかずっと傷ついているのなら。

その出来事だけを見るのではなく、その前後にどんな会話が何度繰り返されていたのかを、一度振り返ってみてもいいのかもしれません。

小さく見える出来事でも、それが何度も積み重なれば、心に残るものは決して小さくありません。

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