妻が話さなくなった理由|体験談①「一緒に行きたい」と言っただけだった

妻が話さなくなった理由|体験談

子どもが、まだ1歳半から2歳くらいだった頃の話です。

私は、家族で公園に行きたいと思っていました。

小さな子どもを連れて、夫婦で一緒に公園へ行く。

特別な旅行でも、大きなイベントでもありません。

ただ、そんな普通の休日を過ごしてみたかった。

それまでにも誘ったことはありました。

でも、夫はなかなか一緒に行ってくれませんでした。

だからその日の朝、夫が突然、子どもに言った言葉を聞いたとき、私は嬉しかったんです。

「公園行くか!」

朝の8時頃だったと思います。

私は、

「え、ほんま? やっとみんなで公園に行けるんや」

そう思いました。

嬉しくて、お弁当を作ろうとした

朝8時なら、今から準備すれば間に合う。

せっかく初めて家族で公園に行くなら、お昼にみんなでお弁当を食べたい。

そう思って、私はお弁当を準備しようとしました。

大げさなことをしようと思ったわけではありません。

私の中では、ごく普通の流れでした。

「公園に行くんやったら、お弁当持って行こう」

ただ、それだけでした。

しかも私は、嬉しかった。

ずっとやってみたかった「家族で公園」が、やっとできると思ったからです。

ところが、準備を始めると夫が急に無言になりました。

さっきまで子どもに「公園行くか」と話していたのに、明らかに空気が変わった。

私は、

「え? なんで?」

と思いながら、そのまま準備をしていました。

すると突然、夫が言いました。

「なんでお前が決めるん?」

夫の中では「10分くらい行って帰る」予定だった

私は意味が分かりませんでした。

公園へ行くと言ったから、私も一緒に行くつもりで準備していただけです。

「なんで? 私も行ったらあかんの?」

「せっかく初めて子どもと公園に行くんやったら、お弁当持って行きたいやん」

そんなふうに話しました。

すると夫は、

自分は今から子どもだけを連れて、少し公園に行き、10分くらい遊ばせたらすぐ帰ってくるつもりだった、と言いました。

そして、私がお弁当を作ろうとしたことで、

「何時間も公園にいることになる」

「そんなことをしたら休みが一日潰れる」

「勝手に予定を決めるな」

という話になっていきました。

ここまでは「予定のすれ違い」だったのかもしれない

今振り返れば、ここまでは単なる認識の違いだったとも思います。

夫は、子どもと少しだけ公園へ行くつもりだった。

私は、家族みんなで公園へ行くのだと思った。

お互いが頭の中で想像していた「公園に行く」が違っていた。

それ自体は、夫婦なら起こることです。

「俺、ちょっとだけ連れて行くつもりやってん」

「そうなん? 私はみんなで行くんやと思ったわ」

本来なら、それで予定を調整することもできたはずです。

だから、私が今も引っかかっているのは、

「夫は10分だけ行きたかったのに、私はお弁当を持って行きたかった」

という違いではありません。

その違いが分かったあとに起きたことです。

私は「じゃあ一緒に行こう」と言った

夫が長時間公園にいたくないことが分かった。

だったら、お弁当はやめればいい。

私は子どもが遊んでいるところも見たかったので、

「じゃあお弁当やめるから、私も一緒に行こ?」

と伝えました。

私としては、予定を押し通したかったわけではありません。

お弁当が嫌なら、お弁当はやめる。

長くいたくないなら、短い時間でもいい。

ただ、

私も一緒に行きたかった。

それだけでした。

でも、その頃にはもう、話は「どうやって公園へ行くか」ではなくなっていました。

「お前のせいで、行く気がなくなった」

夫は怒り出しました。

私から「家族で公園にも行ってくれない父親」のように思われている、と感じたようでした。

そして最後には、

「もうええ。お前のせいで気分萎えた。行かん」

という話になりました。

私は混乱しました。

公園へ行きたいと言ったのは夫でした。

私は、それを聞いて嬉しくなった。

一緒に行けると思った。

お弁当を作ろうとした。

長時間いるのが嫌だと分かれば、お弁当をやめると言った。

それでも最後には、

夫が公園へ行きたくなくなった理由が「私」になっていました。

夫が公園へ行かなくなったことまで、私が「あのときそうしたから」という話になっていきました。

こうして、本来は相手自身が選んだ行動の責任までこちら側に返されると、「私が悪かったのかな」と考えてしまうことがあります。

話の責任が別のところへ移っていく構造については、モラハラ用語|ディフレクションとは?|責任のかかる話から逃げる心理でも詳しく解説しています。

一度の喧嘩で終わった話ではなかった

もし、この日の出来事だけだったなら、私もここまで覚えていなかったかもしれません。

でも、この話には続きがあります。

その後も私は、何度か公園へ誘いました。

子どもと、

「公園行こか」

「パパも誘おか」

と話すこともありました。

でも、そのたびに、あの日の話が出てきました。

「あのときお前が俺を萎えさせたから」

「あれがまだ残っとる」

「トラウマや」

「あのことを思い出したら嫌な気にしかならへん」

だから公園には行かない。

そんなふうに言われるようになりました。

「嫌な記憶がある」ことと、その責任を相手に負わせ続けることは別

もちろん、同じ出来事でも感じ方は人によって違います。

夫にとって、あの日のやり取りが本当に嫌な記憶として残った可能性もあります。

私は、その感覚そのものを否定したいわけではありません。

でも、

「自分が嫌な思いをした」ということと、その後ずっと何かをしない理由を相手の責任にすることは、同じではない。

私はそう思います。

まして、私が求めていたのは、夫の休日を全部奪うことではありませんでした。

私はただ、

「私も一緒に行きたい」

と言っただけでした。

いつの間にか「誘うこと」が怖くなる

こういう出来事があると、次から少し考えるようになります。

「また誘ったら嫌な顔されるかな」

「またあの話になるかな」

「また私のせいになるかな」

最初は、それでも誘います。

子どもにも、家族で過ごす時間を作ってあげたい。

自分だって一緒に出かけたい。

だから何度か声をかけます。

でも、同じ反応が続けば、だんだん誘わなくなります。

そしてあるとき、

「もうええわ」

となる。

それは、行きたくなくなったからではありません。

行きたいと言うことに、疲れたからでした。

これが「妻が話さなくなる」の始まりだった

「妻が話さなくなった」と聞くと、ある日突然、妻が無言になったように感じるかもしれません。

でも私の場合は、そうではありませんでした。

何か一つの大きな出来事があって、翌日から夫と話さなくなったわけでもありません。

こういう小さな出来事が、いくつもありました。

私は最初から黙っていたわけではありません。

この日だって、

「私も行きたい」

と伝えています。

相手が嫌だと言えば、

「じゃあお弁当はやめる」

と予定も変えています。

それでも最後に残ったのが、

「お前のせい」

だった。

そんな経験が積み重なると、少しずつ、

「言っても仕方ない」

「誘っても嫌な気分になるだけ」

「期待せん方が楽」

と思うことが増えていきました。

妻が諦めるのは、大きなことからとは限らない

公園。

たったそれだけの話です。

一つだけ取り出せば、

「そんな夫婦喧嘩、どこの家にもある」

と思う人もいるかもしれません。

実際、夫婦なら予定のすれ違いも、言い合いもあります。

だから私は、この一件だけで何かを決めつけたいわけではありません。

大切なのは、その後です。

認識が違ったと分かったあと、調整できるのか。

相手の希望を聞けるのか。

一度の出来事を、何年も相手の責任として使い続けないか。

そして、

「私はこうしたい」と言った人が、最後には「言わなければよかった」と思う関係になっていないか。

私は今、そこを見るようにしています。

それから私は、本当に誘わなくなった

何度誘っても、あの日のことを理由にされる。

「お前のせいで行きたくなくなった」

そう言われ続けて、私は本当に夫を公園へ誘わなくなりました。

公園に行きたい気持ちがなくなったわけではありません。

家族で過ごしたくなくなったわけでもありません。

その気持ちを、夫に伝えることをやめただけです。

今振り返ると、こういう小さな「もう言わんとこ」が、少しずつ増えていったのだと思います。

お願いしない。

誘わない。

期待しない。

自分がしたいことを話さない。

一つずつ見ると、とても小さな変化です。

でも、その小さな変化が積み重なった先に、

「妻が話さなくなった」

という状態がありました。

これは、私が夫に何かを言わなくなっていった、小さな理由のひとつです。

私は少しずつ、「一緒に行きたい」と言うこと自体をやめていきました。

何かを望んだり、嫌だと伝えたりするたびに関係が悪くなると、自分の希望を口にすることそのものが怖くなることがあります。

「嫌」「できない」「私はこうしたい」と伝えることについては、実践!境界線の伝え方|「嫌」「できない」を相手にどう伝える?でもまとめています。


「妻が話さなくなった理由|体験談」について

このシリーズでは、TikTok・YouTubeの「妻が話さなくなった理由」で紹介している実際の出来事をもとに、短い動画だけでは伝えきれなかった背景や、そのとき私が何を感じていたのか、そして何が問題だったのかを掘り下げていきます。

一つひとつを見ると、小さな夫婦喧嘩に見えるかもしれません。

でも私は、その小さな出来事がどう積み重なり、なぜ自分が少しずつ話さなくなっていったのかを、一つずつ振り返ってみたいと思っています。

妻が話さなくなった理由|だんだん無口になり離れていくまで

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