「今、話しかけても大丈夫かな」
「また機嫌悪くなるかな」
「音がうるさいって思われるかな」
そんなことを考えながら生活するのが当たり前になっていませんか。
動画の音量を下げる。
ドアを静かに閉める。
足音に気をつける。
子どもを静かにさせる。
顔色を見ながら話しかける。
もし、これが日常になっているなら、それは単なる気遣いではないかもしれません。
こうした状態は、心理学やモラハラの分野で「エッグシェルウォーキング(Eggshell Walking)」と呼ばれることがあります。
エッグシェルウォーキングとは?
エッグシェルウォーキングを直訳すると、「卵の殻の上を歩くこと」です。
卵の殻の上を歩く時、人は慎重になります。
少しでも強く踏めば割れてしまう。
だから常に緊張する。
常に気を張る。
それと同じように、相手の機嫌を損ねないよう細心の注意を払いながら生活する状態を表す言葉です。
モラハラ関係では、よく見られる状態の一つです。
最初は「気遣い」だった
エッグシェルウォーキングは、突然始まるわけではありません。
最初は小さな気遣いです。
疲れてそうだから静かにしよう。
仕事で嫌なことあったんかな。
今日は機嫌悪そうやし様子見よう。
誰にでもある配慮です。
でも、それが少しずつ増えていく。
気づけば、相手の機嫌が生活の中心になっていくことがあります。
自分がどうしたいかより、相手がどう反応するか。
それを優先するようになる。
ここから、少しずつ心は萎縮していきます。
怒鳴られなくても起きる
モラハラというと、大声で怒鳴るイメージを持つ人もいます。
でも、エッグシェルウォーキングは怒鳴られていなくても起きます。
ため息。
舌打ち。
無言。
不機嫌な空気。
冷たい返事。
無視。
そうした小さな圧力が繰り返されることで、人は学習します。
「刺激しない方が安全」
「静かにしていた方が平和」
そうやって、自分の行動を小さくしていくのです。
気づけば、自分の存在まで小さくなる
エッグシェルウォーキングが続くと、人は自分の感情よりも相手の機嫌を優先するようになります。
本当は見たい動画がある。
本当は笑いたい。
本当は話したい。
でも、やめておく。
空気を乱したくないから。
すると少しずつ、自分の感覚が後回しになります。
「私は何が好きやったっけ」
「私はどうしたかったんやろ」
そんな感覚になっていくことがあります。
「私が気にしすぎなんかな」が始まる
エッグシェルウォーキング状態の人は、自分を責めやすくなります。
「私が神経質なんかな」
「考えすぎなんかな」
「これくらい普通なんかな」
でも、本当に考えなければいけないのは、なぜそこまで気を使うようになったのかです。
安心できる関係なら、そこまで神経を張り続ける必要はありません。
音量一つで緊張する。
話しかける前に覚悟がいる。
それは心が危険を感じているサインかもしれません。
モラハラとの関係
エッグシェルウォーキングそのものは病名ではありません。
でも、モラハラ関係でよく見られる状態です。
相手が怒鳴る。
相手が不機嫌になる。
相手が冷たくなる。
そうした経験を繰り返すうちに、人は「刺激しないこと」を最優先にするようになります。
そして気づけば、自分の人生が相手の機嫌中心に回り始める。
それがエッグシェルウォーキングの怖さです。
最後に
動画の音量を下げる。
足音を小さくする。
顔色を見て行動する。
もしそれが当たり前になっているなら、一度立ち止まってみてください。
それは優しさではなく、萎縮かもしれません。
本来、家は安心できる場所のはずです。
常に緊張する場所ではありません。
常に空気を読む場所でもありません。
あなたが感じている息苦しさには、ちゃんと理由があるかもしれません。
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